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(1999/12)

栃木県警の萩原孝昭警部補の息子・克彦、67日間集団リンチ殺人の首謀者!

 

被害者遺族・須藤さんのホームページ

 

以下の文章は、写真週刊誌FOCUS平成12年5月24日号の記事を編集したものです。実際の記事は仮名やイニシャルになっていましたが、それを編集し、実名に直しました。

 


 

 新潟の少女監禁事件や埼玉県桶川のストーカー殺人事件で、警察の威信はすでに地に堕ちているが、今度は栃木県警の不祥事である。19歳の少年が中学校の同級生3人に拉致、監禁、恐喝され、2カ月にわたって毎日のようにリンチを受けた挙げ句、昨年暮れ殺害されるという事件があった。その間、息子の異変に気づいた両親が、再三警察に訴えたにもかかわらず、警察はまったく取り合わず、殺害のきっかけを与えるような失態を演じていたのだ。しかも、主犯の少年は栃木県警の警部補の次男。殺された少年より身内を庇ったと言われても仕方のない状況なのだ。  
 右の写真が昨年12月2日に殺害された須藤正和さん。栃木県黒羽町で理容店を営む須藤光男さん(49)の長男で、地元の高校を卒業後、日産自動車栃木工場に勤めていた。下の3人が正和さんに凄惨なリンチを加え、700万円もの借金をさせて自分たちの遊興費にあて、最後には正和さんをネクタイで絞め殺してコンクリート詰めにした犯人である。  
 主犯格の萩原克彦は、栃木県警の萩原孝昭警部補の次男で、中学卒業後ビジネス学校に入るが、ほどなく中退。一時とび職をしていたこともあるけれど、実際の顔は札付きのワル。傷害や窃盗で保護観察処分を受けたことがあり、警官の父親ですら「殺してやりたい」と言うほどのワルなのである。従犯の梅沢昭博は、正和さんと同じ日産栃木工場に同期入社。といっても、こちらも高校時代に珍走団(旧称:暴走族)に加わり、業務上過失傷害の前歴がある。村上博紀は梅沢と同じ珍走団(旧称:暴走族)のメンバーで、県内の私立高校を中退後、萩原と一緒にとび職をしていた。梅沢と会社の同僚で、しかもおとなしい性格だったことが、正和さんにとっては不幸としか言いようがなかった。

 
須藤正和さん

 


萩原克彦 
宇都宮市今泉新町64−4 

 
 

梅沢昭博 
宇都宮市今泉4−16−21 

 

村上博紀 
宇都宮市岩曽町1353−5 

 

(註:梅沢と村上の写真は宇都宮市立陽北中学校在学中のものと思われます。今はもっと凶悪な人相になっているでしょう)

 

 そもそもは梅沢と村上が萩原から金を巻き上げられていたのだが、二人が「もう金はない」と訴えたところ、萩原が「金を作れる奴を連れてこい」と命令し、梅沢が同僚の正和さんの名前を挙げたのだ。3人は昨年9月29日、工場近くのコンビニに正和さんを呼び出して、「梅沢が暴力団の車と衝突事故を起こし、修理代を要求されている」と、嘘をついて正和さんを拉致。7万円を口座から引き出させ、翌日サラ金から15万円、20万円と借りさせ、さらに同僚のところに正和さんを行かせて、同僚名義で20万円借りさせている。
 新しい金ヅルを手に入れた萩原らは、自分たちが遊ぶ金がなくなると正和さんに友人の元へ借金に行かせ、宇都宮市内のラブホテルや都内渋谷のホテルを転々としていたのだ。そして、金ヅルが逃げないように常に監視するとともに、連日リンチを加えていた。まず、正和さんを丸坊主にした上、眉を剃り落とし、顔や腹を殴る蹴るの暴行を加えていた。そして、暴行は“熱湯コマーシャル”“火炎放射器”と犯人が名付けた凄惨なリンチへとエスカレートしていった。
 熱湯コマーシャルというのは、正和さんを裸にしてシャワーの温度を最高温度にして浴びせかけるというもの。熱湯を掛けられ「あちあち」と浴室内を逃げ回る姿を面白がって見ていたのだ。殺虫スプレーにライターで火をつけて火炎で焼くのが火炎放射器というリンチ。正和さんは大声で泣き叫び、苦悶の表情でのたうち回ったという。それを面白がって連日していたのだから、とても人間のやることとは思えない。
 10月末に熱湯シャワーを浴びせられた際、正和さんは逃げようとしたことがあったが、彼を捕まえた3人はさらに熱湯を掛けて 「逃げるからそんな目に遭うんだ。逃げたりしたらますます痛い目に遭うからな」と脅したのだ。
 

「あなたの息子が悪い」

 寮生活をしていた正和さんが無断欠勤を続け、実家にも帰って来ないとなると、何かあったのでは、と両親が心配するのは当然のことだろう。10月18日、拉致されて20日目に母親の洋子さん(48)と日産の上司3人が石橋署に相談に訪れる。
「会社の方の勧めもあって石橋署にお願いしたんですが、今思うとこの選択が間違っていたのかもしれません」と、父親の光男さんは吐き捨てるようにいう。
「石橋署の2階で生活安全課の巡査部長が対応に出てきたので“息子が帰って来ない。友人から金を借りまくっている”
と伝えたのに、家出人捜索届を出してくれということで帰ってきました。翌日、私も心配になって妻と一緒に石橋署に行って、いろいろ刑事さんに話したけれども、正和を単なる家出人としか考えていないんですよ。逆に “お宅の息子さんが悪いんじゃないの。仲間に金を分け与えて、面白おかしく遊んでるんだろう。警察は事件にならないと動かないんだよ”とまで言われてしまった。その時は頭が真っ白になりましたよ」
 10月22日、再度警察に足を運んだところ、担当の巡査部長の第一声は「今日は何しにきたのか」と、あからさまにうるさいという態度を示したそうだ。そのうえ「憶測でものを言うな。金を借りているのはあんたの倅だ。もしかしたら倅は麻薬をやっているんじゃないか」とまで言ってのけたという。
 頼みにしていた警察に見放された両親は独力で息子を捜し出そうと、正和さんが金を借りた先を回り、あるいは金を借りに行きそうな中学、高校の同級生に電話を掛けた。そのうち一人のところに正和さんが金を返しに来ることを掴んだ光男さんは、その同級生のアパート近くから一月振りに正和さんの姿を目にした。車でやってきた正和さんは右手の肘から指の付け根まで包帯を巻き、頬に新しい殴られたような傷があったという。光男さんが続ける。
「正和の友人が逆恨みが怖いからというので、飛び出して正和を連れ帰ることは断腸の思いで堪えました。ただし、息子が乗せられていた車のナンバーを警察に照会したところ、村上の父親のものだと分かったんです。それから梅沢の存在も判明しました。ナンバーを押さえれば、後は警察が捜してくれると思っていたからぐっと堪えたのに、ナンバーを照会しても警察は動いてくれませんでした」
 一方、萩原らのリンチは11月に入っても連日行われ、90度の熱湯を正和さんに掛けたり、その後を木の靴べらで殴りつけた。正和さんの火傷は表皮がはげてなくなり、内部から膿が出ている状態だったようで、法廷での萩原の証言によると
「正和さんが火傷の膿で水浸しになっていた」という。そんな彼に3人は執拗な暴行を加え続けて、人前に出すのは限界と感じるほど、正和さんは変わり果てた姿になっていたのだ。
 そのためか、11月半ばから両親の元に正和さんから度々電話が入るようになる。もちろん金の無心の電話だ。「仙台にいる。ある人に30万円明日までに返さなければならないから銀行に振り込め」 と、最後は大声で怒鳴ったという。逼迫した正和さんの電話はさらに頻繁になり、両親も振り込まざるを得なかった。だが、振り込んだ金を引出しに現れた正和さんの姿が、防犯ビデオに捉えられていたのである。
 

軽率な一言で

 

「11月25日に銀行から電話があり“お父さんが振り込んだお金は東京の丸の内支店で引き出されています。防犯ビデオに写った息子さんの顔には、明らかに分かるほどの火傷があるそうです。後ろには男たちがついていました。いつでもビデオを証拠として提出するので、早く警察にご相談ください”と言われました」
 そして、11月30日、両親は石橋署に向かった。事件にならなければ動けない、と重い腰をあげなかった警察も、ビデオを見れば事件に巻き込まれたと分かる。父親ならずとも、誰もがそう思うところなのに、警察の対応は呆れるばかり。
「防犯ビデオを取り寄せるには、裁判所の許可が必要なんだ。事件にもなっていないのに、防犯ビデオなど取り寄せられない」と、撥ねつけたのだ。
「正和がただの家出人ではなくて、何者かに連れ去られ火傷まで負っている、その動かぬ証拠が見つかったんですよ。これが事件でなくて、何が事件というのですか」と、光男さんは怒りを隠さない。
 そして、警察署にいた時、正和さんから父親の携帯に金の無心の電話が入った。
「とっさの思いつきで携帯を刑事さんに渡したんです。車のナンバーでも動かない。ビデオも駄目。だから、刑事さんに電話に出てもらって息子が拉致されていることを分かって欲しいという必死な気持ちで電話を渡したんです」
 受け取って刑事は「須藤か、今どこにいるんだ。早く帰って来いよ」と言った後、「石橋だ、石橋の警察だ」と答えたところ電話が切れたのだ。この軽率な一言で、萩原たちに両親が警察に相談していることが明らかになってしまったのだ。この2日後、事件は最悪の結末を迎える。
 12月2日午後2時45分、同県市貝町の山林で正和さんの首をネクタイで絞めて殺したのだ。首を絞めたのは梅沢と村上で、主犯の萩原は車の助手席で見ていたという。そして、遺体をコンクリート詰めにして、市内のホテルに着くと「15年は逃げきってやろう。死体が見つからなければ、迷宮入りだ」と、萩原の音頭でビールで乾杯したのだ。殺人の時効は15年。正和さんから金をむしり取り、玩具のように散々なぶりものにして、身が危うくなると虫けらのように殺して、逃げきってやると乾杯する。したたかというよりも、そのワル振りには舌を巻く。
 萩原ら3人は途中から犯行に加わった都立高校生C(16)が4日、警視庁三田署に自首したことから、翌5日に逮捕されたのだ。拉致から67日目、正和さんが借りた金は約720万円に上る。

 

 事件の経過を見れば、正和さんは警察に見殺しにされたとしか言いようがないだろう。10月18日に母親が石橋署に相談に行って以来、何度も警察は動くタイミングがあったはずである。少なくとも、なぜBの車を手配しなかったのか、どうして防犯ビデオを取り寄せなかったのか。栃木県警は事件解決後数時間で「捜査に問題はなかった」と言い切った。が、マスコミの追及を受けて「もう一度調査してみる」ということになったのを見ても、いかに対応がお粗末かわかるだろう。
 本誌の取材に対しても栃木県警は「現在調査中」の一点張り。そこで萩原の父親である萩原孝昭警部補に直接話を聞いたところ、被害者や遺族に対する謝罪の言葉が出てくるどころか、自分が被害者のような口振りなのである。
「何でこういうことになっちゃったのか…。こっちも辛いし、ショックを受けている。本当に疲れているんです。勘弁して下さい。あなたはこちらの気持ちが分かるんですか。飼っている猫が死んだら、育てている花が枯れたら悲しいでしょう。須藤さんのご両親に対しては何も言えません。その辺りの気持ちは弁護士に聞いてください」(何も言えないということは、つまり詫びる気はないということ、か?)

 萩原孝昭警部補は須藤夫妻に1300万円で示談の申し入れをしているが、ことは金で済む問題ではないだろう。
 光男さんは最後にこう訴える。
「12月4日に地元の警察幹部と話をしたんですが“お宅が息子さんを可愛いと思うように、警察も身内が可愛いんだよ”とまで言われました。つまり萩原の父親が警察官だから、それに配慮して事件としては扱えないというのですかね。後日、この幹部はそういう意味ではないと謝罪してきましたが、警察は人を助けてくれないと思った瞬間でした」
 栃木県警はこの叫びにどう応えるつもりなのだろうか。

 

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栃木県内のボーリング場で働いているという 萩原孝昭近影。

クソガキの凶悪犯罪について、被害者に対して全く悪かったと思っていないようです。

こんなヤツがいっぱしについ最近まで警察官をやっていたというのだから、世も末ですね。

 


 

続報 
 萩原克彦には無期懲役の判決が下されました。 
 裁判を傍聴した人から提供された情報をご紹介します。

   

「ふてぶてしい態度で肩を揺らしながら、傍聴席を睨み付けた・・・ 」 

   「あくびもしてたみたいだよ〜 」 

   「返事も「はいはい」とふたつ返事。」 

   「イスにふんぞりかえってもいたらしい・・・」 
(右と下の写真は、萩原克彦の近影です)

 

続報2
 元警部補の萩原孝昭は、最初1300万円と言っていた慰謝料を、なんと300万円に値切ってきているそうです!その理由が、「人目を避けてのホテル住まいで金がなくなったから」だそうです。

今からでも息子に生命保険を掛けたらどうだ?そのあとどうすべきか自分で考えてみたら?

「我が子ながら殺してやりたい」って言っていたのはどこのどいつだっけ?

 

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梅沢宅

村上宅

 

続報3
 故須藤正和さんの母親、須藤洋子さんが2002年9月11日、病気のためお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り致します(合掌)。